浅田製瓦工場

京瓦とは

美しい光沢を求めて磨きをかける。
それが京瓦の真骨頂。

都の社寺や町屋のたたずまいを目にしたとき、瓦屋根の美しさに惹かれる方が多いのではないでしょうか。

飛鳥時代に日本に伝来した瓦は、長い間貴重なものとして寺院や城郭など、限られた場所にしか使われていませんでした。
そんな時代に東山・智積院(ちしゃくいん)の辺りから採れる粘土を用い、焼く前に磨くことで独特の光沢を誇ったのが「京瓦」です。
主として寺院の本葺きの屋根に用いられてきましたが、江戸時代、本葺きの簡略化した桟瓦葺きが考案されたことで、民家にも普及し、京都は全国的な瓦の産地として名をあげることになりました。
また、全国の産地の中でも、重厚でかつ優美な印象を与える京瓦は、品質・色・つやの点で古より高級品とされてきました。

現在では京瓦の伝統技術を受け継ぐ職人も数えるほどしか残っておらず、残念なことに現役で作品作りを行っている京瓦鬼師は「浅田晶久」只1人となっています。
今もなお昔ながらの方法で瓦を作り続けている浅田製瓦工場は、手作りに拘り、伝統的な技術と新しいデザインの融合した作品を皆様にお届けしていきます。

浅田晶久について

伝統の引っ掛け桟瓦で通産大臣賞を受賞した父・良治氏を継いで京瓦窯元「浅田製瓦工場」の三代目となる。
大阪工業大学で建築を学んだあと、23歳で家業を継ぎ瓦造りを本格的に開始。
南禅寺や東寺など、名刹の瓦屋根をはじめ、鬼瓦を専門とし、意匠を考えて型を作り、粘土作りから成形、磨き、焼成まで自ら手がける。
また現在、従来機能美に近かった瓦の伝統技術を独創的な物造りに活用している。
町家の屋根にいる魔除けの鍾馗さん、元々は鬼瓦の一部として造った干支・家紋瓦の置物、重厚な行燈調の照明などは美術品のテイストを漂わせ、注目を集める。
伝統の熟練技を守る職人であると同時に瓦に新しい生命を吹き込む、「 アーティスト」なのである。
「難しいもんほど、造るのが楽しく自分の腕を試せることにやりがいがある」
そう話す浅田は、今現在も京都工芸繊維大学とのコラボなど意欲的に製作活動を行う。
手作りに拘り、伝統的な技術と新しいデザインの融合した作品を作り続けている。

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